夢洲IR誘致―大阪の戦い

ダニエル・チェン

日本に3箇所できると言われている統合型リゾート(IR)の1箇所を大阪が勝ち取るという事をゲーミング業界の誰しもが予想している。この事をあたかも既成事実のように語る人もいるが、政界の激しい動きや新たに横浜がIR誘致レースに参入した事をきっかけに、「日本のIRに当然の結末はあり得ない」という事が明らかとなった。

つい最近まで、大阪はIR主催地として名乗り出ている唯一の大都市であった。また、IRを向かい入れるために高いレベルの準備を整えており、過去数年間にわたりIR計画のプロセスで相当な人的資源と地方自治体の予算を投入していることに加え、大阪は全国に2つ存在する、日本IR支持する市民集会のある地域の1つである。また、現段階では夢洲の様に無係累で、ある意味「クリーン」な候補地を提供できる地域は大阪の他にまだどこも無い。

IR開発にあたり唯一あげられる課題は、2025年に建設工事に入るIRの開発計画と大阪博覧会の建設・運営が、夏の6ヶ月間ほど重複してしまうという事だ。加えて埋立地でその様な大規模な開発と複雑な建設の実行は難易度が高く、また大阪は夢洲の西側にある有毒廃棄物に対応する事も必要だ。

大阪の維新の党と自民党政府の関係はとても強く、政治的に見ても大阪は有力な候補地だ。党の元リーダーである橋下徹は数年前に政治家として引退したにも関わらず、以前として国の政治情勢に大きな影響を与えていることに加え、安倍首相との親密な関係もよく知られている。橋下氏の支持率が最も高かった時期には、自身が将来の総理大臣であると主張していたことも知られている。これらの要因が貢献し大阪は最も有力なIR候補地としての地位を確かなものとしていた。そんな大阪に気に入られようと、主要カジノ・オペレーターはお互いを蹴飛ばしあい、正式な入札の前であるのにも関わらず、ある者は記録破な投資額100億米ドルを約束し、ある者は「(大阪を勝ち取る為には)どんな手段でも、何でもする」と公言するまでに至った。

けれども、2019年8月に横浜市が風光明媚な湾岸にIR開発を誘致する意向を世界に発表してから、大阪は輝きを少々失ってしまった。横浜は東京に近い事で、明らかに経済的に非常に魅力的な場所だ。かくして、誘致宣言から間も無く、大阪を狙っていた2つのカジノ・オペレーターは大阪レースを抜け、すぐさま横浜へと意向を変更した。

一方で、未だ3つのカジノ・オペレーターは大阪に強い忠誠心を誓っており、その内の1つは「大阪第一」スローガンまでも掲げている。横浜市の登場でなくなく後塵となってしまった大阪であるが、3つのIR主催地の有力な候補の1つとして大阪は依然として確固たる地位を維持している。

各地域はIR展開というゴール目掛けて必死に船を漕いでいるのだが、競争が終盤へ近づくにつれて、本当に舵をきっているのは水面下に蠢く政治家とそれを取り巻く政治情勢である事が徐々に露わになってきている。

ここで言う「政治」は国内の政治家や国家政府に限る事ではない。ある日のフロリダのゴルフ場で、ラウンド中に誰かが日本IRを話題に上げたその時から、日本IR事情は国内を超える地政学的な領域へと広がっているのだ。また、IR展開に国内政府の最高レベルが関与しており、この事はアメリカの投資陣営にとって有利だが、それとは対照的に自国の政府が日本と不仲な関係にある中国の望み手からすると好ましい状況だとは言えない。一方で、後者は中国人がインバウンドから来る日本の観光収入に最も貢献しているセグメントであり、従って日本IRでも最も経済的業績をあげる顧客層になると主張する事ができるであろう。

国内では日本政府特有の突拍子も無い決断や意向の変更と言った有耶無耶な傾向がIR入札への流れを大きく変えてしまうのではないかという不安も残る。当初はIRへの意向を示していた北海道であったが、北海道知事が国会の議席獲得を優先し再選に立候補する事を決定したため、北海道はIR誘致活動を1年間ほど静止している。

また、内閣官房が当初の計画よりも早くIR方針案を公表したことで、大阪の政治指導者等が裏で強制的にIR選定プロセスを加速させる為に手解きをしているのではないか、という事が指摘された。3つのIR主催地のうち、他よりも先に1つの場所を確定し、次に他の2つの場所を選択する、2段階構成のIR主催地の選定方法も、大阪万博に合わせて夢洲IRを開こうと計画する大阪が植えつけた案の様に思える。

また、安倍首相が最も重要視している平和主義憲法の改正において自民党は維新の党の支持を頼りにしている為、後者は強気でいる。しかしながら、大阪市と大阪府を単一の統治条例の下で統合しようとしている自民党の意気込みに対し維新の党は頑なに反対しており、その直後の参議院選挙でも維新の党は公明党とタッグを組み自民党の意向に背いた事で、近年では相互利益のみが平和な関係の基盤であった彼らの同盟は不確かなものと化している。

自民党トップの間で行われている小競り合いは、大阪のIR誘致状況の行き先に大きな影響を及ぼす可能性がある。長年IRに対し白紙状態であった横浜が突然豹変し誘致の意向を表明下ように、自民党の有力な党派指導者が自らの地区をIR候補地に立候補する可能性も否定できない。その様な事態になれば、今後の先行きがますます予測不可能となっていくだろう。

その様な理由から、現時点であまり関心の寄せられていない和歌山が、予期せぬ「ダークホース」(意味:競馬で力量未知数の出走馬、競技・選挙などで思いがけない有力な競争相手)であるかもしれない。また、多くの投資家から有力なIR候補地として注目されていたのにも関わらずIRへの意向を示していなかった福岡でも、最近になってちょっとした動きが確認されている。同時に、一度は動きを止めた様に見えた北海道であったが、新しい知事の背後に強力なメンターが加わったことにより北海道は再びIR誘致の前面に出る事が期待されていたが、つい最近新たに加わった2人の閣僚が不明瞭な理由で辞任した事で、IRへの期待はまたもや踏み躙られる事となった。

日本IR誘致においては、世論の意見が特に重要となる。しかしながら、大阪政府はこれまでのところ、市民に対しIR開発の悪いイメージをひっくり返すほどの利点についての十分な説明を提供するどころか、議論そのものからそっくり逃げてばかりいる。メディアもまた、一貫してIRの方針を多かれ少なかれ既成事実とみなす専横な政府の態度を容赦無く批判し続けている。長崎は別として、全国で行われたIR開発に関する世論調査では、IRに対し批判的な意見が多く寄せられた。また、横浜ではIRに対抗する市民団体が日本でいち早く立ち上げられた。

市民の反対の声はIR開発が終盤へ近づくにつれてより騒がしくなり、今後更に勢いを増す事であろう。また、その結果ある自治体が国民投票をせざるを得なくなった場合、他の自治体も追随を余儀なくされるだろう。それにも関わらず、現段階では政府と地方自治体の両方は、国民を説得しようとする努力にかけている。これからは市民の不安を和らげ、「良いIR」のイメージを定着させる事のできる魅力的なストーリーを生み出すことに勢力をあげる必要がある。

大阪は「人気ランキング」1位の座を渋々横浜へ許してしまったものの、関西は未だ候補地として魅力的な地域であり、彼らは他の候補地に先駆け、着々とIRの計画を進めている。IR誘致競争をトップで走り抜こうとしている大阪であるが、彼らは急ぎすぎて自分の足につまずかないよう、慎重にIRライセンス獲得に臨んだ方が良いだろう。(訳:小林絵里沙)

ダニエル・チェン氏について

IRアドバイザリー・グループGICJ(グローバル・IR・コンサルティング・ジャパン)の共同設立パートナー。過去には、ハードロック・インターナショナル、ゲンティン・グループ、及びバリー・インターナショナル(現:サイエンティフィック・ゲームズ)およびラスベガスのカジノ・テクノロジー会社で上級職をつとめた経験もある。