今から1年ほど前の2019年4月に開催された決算電話会議での出来事、ラスベガス・サンズ(Las Vegas Sands)の社長兼最高執行責任者のロバート・ゴールドスタイン氏(Robert Goldstein)は宣言した。「日本に対する取り組みは計り知れないものです。とにかく数多くの部屋を擁します。多くの小売店もできます。人々が想像する我々が日本について計画している物よりも遥かに超える、数多くのMICE施設も作ります。非常に深い段階まで取り掛かっています。全力を傾けています。現地にもチームがいます。」
昨年の10月、また別の決算電話会議でゴールドスタイン氏は依然として前向きながら、疑念を示し始めていた。「100億ドル(約1兆8000億円)が出発点だと思います。そして、標準以下の物を作ろうとしない限り、誰もが100億ドル未満で進めることはないと思います。我々はそれを行うために十分なバランスシートがあり、能力とスキルを持っていることは知られています。問題は、それで利益を得られるかどうかです。」
そして今週、最も成功し、国際的ゲーミング企業の中で最も深い予算を持つラスベガス・サンズが、日本を離れる発表した。サンズの会長兼最高経営責任者であるシェルドン・アデルソン氏(Sheldon Adelson)は次のように説明した。「私の観光地としての日本の文化と国の強さへの賞賛は、COMDEXショーを日本で運営していた30年以上前にさかのぼることから、いつか弊社でもそこで開発する機会を獲得したいと願ってきました。日本に対する前向きな気持ちは衰えておらず、統合型リゾートによって生み出されるビジネスとレジャー観光から日本は恩恵を受けると思いますが、IRの開発に関するフレームワークにより我々が現地で掲げる目標は達成できないものになってしまいました。今まで築いてきたすべての友情と日本での強い絆に感謝していますが、我々には他の機会にエネルギーを集中する時がきたのです。」
とくにこの一言、「IRの開発に関するフレームワークにより我々が現地で掲げる目標は達成できないものになってしまいました」。本来であれば東京や横浜では大ごとになり、警報となるはずのコメントに対して、外向きに肩をすくめたかのような反応しかなかった。菅官房長官は、サンズの撤退は中央政府の政策に影響を与えないと述べた。横浜市の林文子市長は、コロナウイルスが主な原因だったと仄めかす声明を残した。
一方、ゲーミング業界のアナリストは、サンズが日本から撤退した理由をいくつか具体的にあげた。
バーンスタイン・リサーチ「Bernstein Research」は、「日本のプロセスは政府の要件や魅力がない条件などの増加によって行き詰まっているため、サンズの発表は私たちにとって全く驚きではありません」と述べた。
「ライセンスの短期化、高い税率、地元住民のプレイおよび資金調達の取り決めなどに関する制約の多さ」が、サンズの以前の熱い野心を冷ます要因になったと考えている。
さらにバーンスタインは次のように説明した。「日本政府は10年間のライセンスを付与しますが、これは必要な開発スケジュールと開発コストを考えると短すぎます。比較すると、マカオは20年のコンセッションを発行しており、シンガポールのライセンス期間はマカオよりも短いものの、新しい競争相手の市場参入や条件の変更についての懸念は少なく、投資コストははるかに低く、税構造はより有利でした。 10年間のライセンス(期間中に条件が変更される可能性も残り、さらにライセンス更新に関する明確さが欠如している状態)、ローカルのパートナーシップ構造、高い投資コストおよび長い返済期間など全てを考慮すると、リスクのレベルが大幅に上昇します。」
「地元住民のカジノでのプレイに対する政府の制限的な姿勢が続くと、日本のカジノが受け入れられる市場規模は抑制されるでしょう。地元住民への制限(入場料、マーケティングの制限など)が多いほど外国人への依存度が高くなります。これまで何度も我々は指摘してきたように、高収益および高コストのカジノ開発においては、強力な地元市場抜きでサポートしきれる市場は殆どありません。マカオには香港や広東からの非常に強い地元の顧客ベースがあります。マカオと比較するとシンガポールは外国人に依存していますが、マレーシアからの地元のビジネスラインを持っており、非常に高いレベルで外国からの観光客を魅了しています。地元住民に対する制限が増えつつ、100億ドル以上の開発案件は、より高いリスクになります。」
このような政策の根本的な問題に加え、ラスベガス・サンズの幹部は日本のIRの開発プロセスに憤慨しており、完全に信頼を失っていた。彼らの撤退は、日本の政策立案者に対する「不信任投票」である。
結局のところ、ほんの一握りの不便な規制の問題があったなら、サンズを参入に動かせた日本の深い魅力が残る限り、たった1年で「深く取り掛かっている」から撤退になるはずがない。サンズの評価は、安倍政権と政策立案者が自ら着手した大規模なIR政策を管理し、任務を果たすことが出来ないというものである。
さらに、他の主要なIRオペレーターが日本の政策立案者について同様の悩みの種の懸念の多くを感じ、彼ら自身の立場を再評価し、サンズを追いかけるかもしれないことは疑いの余地がない。
ラスベガス・サンズが非常に賢明な決定を行ってきた長い実績があることを否定する人は誰もいない。その多くは後知恵の恩恵を受けて評価しても天才的にもみえる。この事実は、IRに賛成した日本の全ての政治家と官僚を恐れさせるべき出来事である。しかし、彼らにはそのメッセージを受け取ったかどうかさえ明らかではない。そして、このことに対する感度の欠如は、サンズを駆り立てたまさにその問題の最良の証拠かもしれない。(AGB Nippon)